Welcome to Koshi city local histry clubs West Branch”

合志市郷土史愛好会 西支部

平成29年度

旧西合志町中北部の史跡巡り


月 日:平成29年5月23日(火)

           

           場 所:旧西合志町 野々島・合生・上生等地区

御代志市民センター ⇒ 二子山石器製作所跡 ⇒ 永田支石墓 ⇒ 懐良親王宮跡 ⇒ 黒松古墳群

笹塚古墳 ⇒ 合志塾跡 ⇒合生文化会館(昼食・休憩) ⇒ 八反原遺跡 ⇒ 

石立石棺(姫塚) ⇒ 生坪塚山古墳 ⇒ ユーパレス弁天

  

二子山石器製作所跡
縄文時代後期の安山岩の打製石器製作所跡は国指定史跡
   懐良親王宮跡
 私有地の中にあり、土塁も殆ど確認はできませんでした。
 付近の「外園」や「花園」など宮跡らしい地名は興味をそそりますね。、
黒松古墳群
5世紀頃築造の6基の円墳からなる。
通称「ヌレ観音」の1号古墳が最大で直径40m、高さ8m。
合志塾跡
1892年(明治25年)、二人の青年教師(工藤・平田)が私財を投じ、
教育の機会に 恵まれない地方農村子弟のための
私塾『合志義塾』を創立 しました。
子弟同行・男女共学・学団 といった、当時としては
先進的でユニーク な取り組みも合志義塾の特徴でした。
新島襄から徳富蘇峰に贈られ、大江義 塾跡に植えられた
カタルパの樹を、若い 頃、合志義塾創始者の一人平田一十が
苗木を分けてもらって移植したといわれています.
文教合志市のシンボルツリーの一つ として、ここから株分けした
カタルパを合志市内の小中学校に植えています。

合志義塾跡の記述は「カタルパの樹 合志義塾ののがたり」
から引用したものです。
合生文化会館をお借りして昼食・休憩の場所としました。
八反原遺跡
弥生時代の環濠集落、古墳時代の方形周溝墓・円墳・
土壙墓等からなる。
   石立石棺(こくりゅうせっかん)(姫塚)

棺身は「内法153cm×53cm、深さ45cm」で、
蓋は屋根型にくり抜き3枚を接着し頭部蓋に突起を造出す」
とあり、一体を葬り、津麻櫛1個を埋葬」していたという。
地元では「姫塚」と呼んで親しまれている。
※ヒメツカと呼んでいるのは副葬品のクシが出土したからだろうか。
生坪塚山古墳
5世紀頃築造の円墳。直径30m、高さ4m。
一部削られているがほぼ原形をとどめて居る。