”Welcome to kaisan's room”

2017年 地域情報

かいさんのバスツアー

東北さいはて三大半島巡り

3日目 5月26日(金)晴後曇

ホテル(7:30) ==<むつはまなすライン>== むつ下北名産センター(9:20/9:40)== 下北恐山参拝(10:10/10:50) 

== 大間 == 佐井港(12:40/13:00)~~さいはて秘境仏ヶ浦遊覧~~佐井港(14:30) == 大間崎(15:00/15:40

 == 下風呂温泉(泊)

 

5:10浅虫温泉「ホテル秋田屋」の前に広がる陸奥湾を
散歩する。
ここは海の駅だったのか・・・!
7:30ホテルを出発、「むつはまなすライン」を車窓を通して
観光。
目につくのは原子力の施設基地で、その広大さに驚く!
でも大丈夫かな原子力!もしダメだったらこの広大な土地
どうするのだろうか・・・!
10:10バスで移動中雨が降ったが下北恐山では傘もいらず
参拝と見学が出来た。
参拝ルートを一周する。
12:40佐井港から観光船に乗り
仏ヶ浦を遊覧し、絶景箇所で上陸し絶景を堪能しました。
 
この絶景、なかなかのもので見ごたえがありました!
本州北端の大間崎に立つ!
16:00と早い時間にホテルに着いたので近くを散策する。
大正11年(1922) 、下北駅から本州最北端の大間町まで
大間鉄道として計画され、本州と北海道を結ぶ最短路線として
期待されたが、太平洋戦争に突入してからは、軍事施設の為の
重要路線として歓声が急がれることになった。大畑・大間間29km
の内桑畑までの16kmの基礎工事が完成した昭和18年(1943)
2月突如として工事は中止となり数十年の間放置されたままになって
いる。
現在は、幻の大間鉄道アーチ橋メモリアルロードとして整備され、
観光スポットになっていました。
下風呂駅舎になる予定の場所は足湯が出来ているが、休止されてい
ました。
「海峡いさりび公園」に立派な「新島襄寄港記念碑」
がありま した。
1864年陰暦4月18日から20日、21歳の新島襄が国禁を
犯して洋式帆船快風丸で江戸から函館へ向かう途中、下風呂
に滞在した。この寄港から2か月後の6月14日(陽暦7月17日)
函館から脱国し、アメリカのアーモスト大学などで学び明治7年
【1874年)に帰国しました。

鳥羽一郎の歌にある下北漁港には大きなイカ釣り船が
係留されていました。
噂どおりイカは不漁なのだろうか。
19:10散歩から「ホテルニュー下風呂に着きました。
夕食は下北半島近海で採れた「海の幸膳」